嘘でもいいから
1
ようやく残業が終わり家に帰って一息をつこうとすると、
鞄の中にしまった携帯電話の振動音に気が付いた。
発信先の名前がディスプレイに表示される。
その名前を見るだけで、
仕事でたまった疲れも吹っ飛びそうになった。
「もしもし」
高鳴る鼓動を抑えるかのように、私はあえて低めの声で答える。
「おつかれ、もう家に着いた?」
低く優しい、彼の声が聞こえる。
「うん、さっき部屋に入ったところだよ」
「そうか、戸締りはちゃんとした?」
そうやって心配してくれる、年上の彼の優しいところだ。
「うん、大丈夫」
たった2,3言喋っただけなのに、
疲れのたまっていたはずの体がすっと軽くなっていく。
「ねぇ」
「ん?」
ベッドに沈み込んでいく私の体。
このまま、彼の声を聴きながら眠りについてしまいたい。
「明日、渋谷駅前10時集合だよね」
「うん」
お互い仕事が忙しくて、しばらくデートなんてしていなかったけど、
明日は、奇跡的にお互い1日フリーになった。
「楽しみ?」
わざと、そうやって聞いてくる彼。
「・・・うん、楽しみ?」
私も、わざと聞き返す。
「うん、楽しみ過ぎて眠れないくらいだよ」
仰向けになっていた体をうつ伏せにさせながら、
私はぎゅっと携帯電話を握った。
明日、触れられる暖かくて大きな手を想いながら。