浮気な恋人

その日は、私のクラブが終わるのをシマが待っていてくれて、陽も落ちかけた時間に、私と彼は同じ電車に乗った。


私の心臓は、罪悪感で、いまにも破裂しそうにドクンドクンと唸っていた。
でも、言わなければならないのだ。その言葉を。


私は、この日いちばんの勇気をふりしぼった。


「あのね。シマ。話があるんだけど」

「ん?なに?」


シマは、人のよさそうな笑顔を浮かべた。
この笑顔を、私はいまから傷つけなければならないのだ。
ああ、疲れる…。早く、時間が経ってほしい。


「私ね。…シマとは、合ってないような気がするの」

「…えっ?」

「………ごめん。でもやっぱり…、ついていけない」

「……何に?」
シマの表情が、一気に曇った。
私は、さらに勇気を叩き出す。

「シマのバンド仲間の世界のこととか。……お酒飲んだりするのも、ちょっと好きじゃないし…」

「…お酒飲んだりしたのは悪かった。ごめん。ミクが嫌ってるとは思わなくて」

「だから、……あのね。私、いろいろ考えたんだけど」

「余計なこと、考えなくていいっていうのに」

「ごめん…。なんか、私、もう疲れちゃった」

「考えすぎだよ」

「いや、そうじゃなくて」


シマは、決して、「別れる」という言葉を、口に出そうとも出させようともしなかった。


そうこうしているうちに、シマは自分の降りる駅で降りられずに、私と一緒に少し先の駅で降りることになってしまった。
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