浮気な恋人
「困ったなあ…」
と私はつぶやく。
べつに、なにが困っているとか、具体的な意味があるわけじゃない。
ただ、口が、困ったなあ…と嘆くのは、なぜなのか。


「どうしたの?」
と隣に座るシマが、びっくりしたように尋ねる。

「いや、べつに。えっと」

「困ったことがあるなら、俺に言いなさい」
シマは、わざと胸を大きく張ってみせた。
少し、酔っているのかもしれない。

「うーん。大したことじゃないんだけど。明日、数学で当てられそうな席順が迫ってきてるんだよね」

「俺が席、代わってやるよ。うちのクラス、みんな自己中なやつばかりだから、1時間くらい誰にもわからない」


シマが、わはは笑いをするので、私も釣られて微笑んだ。
すると、シマは、私の顔をのぞきこんで、いとおしそうに言った。


「ミクの笑ってる顔、俺、見てるの大好き。その笑顔に惚れたんだ。俺を見て、いつも笑っていて」


私は、黙って、テーブルのストローの袋にまた視線を落とした。
困ったな…困ったな……。


私の頭の後ろに、ハイジャンパーの大きな身体が、影法師のように横切る。
頭の中の困った染みは、こぼされたインクのように、徐々に拡がり始めていく。
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