愛して。【完】
15メートルほど離れた所に立って、蓮は颯に電話しているらしい。
どこかに視線を向けて携帯を耳に当てている蓮は、どこか遠く感じる。
どこに向いているのかわからない目はあたしの視線を鷲掴みにする。
――そして、事は起こった。
この事に言い訳をするならば、蓮があたしの心を侵食し始めた所為だと言うだろう。
あたしは、気付いていなかったんだ。
後ろから伸びて来た、あの手に。
「んぐぅっ!?」
いきなり口にハンカチのような布を押し当てられた。
後ろから出てきた右手は、それを口に押し当てたまま、左手はあたしの体をしっかりと引き寄せる。
背中越しに当たったものが筋肉質であることから、あたしを襲ったのは男だと言うことを教えてくれて。
そして、ハンカチから鼻にツンとくる薬品の匂いがした。
「ちょっと大人しくしてろよ?」
あたしを捕まえている男が耳元でそう囁いて、背中にゾワゾワと悪寒が走る。
そして、視界が霞んでいくのがわかった。
「真梨っ!!」
蓮のあたしを呼ぶ声が聞こえる。
ただ、もうその姿は見えない。
「おっと、動くなよ。この女が大切ならな」
その言葉が聞こえたのが最後、あたしの意識はどこかへ消えて行った。