星に願いを メイドにカチューシャを
話しかけるタイミングを失ってしまった、と、私は思った。
彼がこちらを向いたとき、すぐに「おはよう」と言えたらよかったのに、今声をかけてしまうと邪魔してしまいそうだ。
かといって、何も声をかけずにいるのも、なんとなく気まずい。
「おはよう。桜、撮ってるの?」
彼の座っている1つ前の席にカバンをおろし、声をかけた。
彼はファインダーをのぞいたまま、少しの間は風景を記憶しているかのようにカメラを構えたままだったが、ちらりとこちらを確認するように見ると、私が彼に向き合ったままだったせいか、カメラをおろし、机からも降りた。
「あっ、ごめん、邪魔しちゃって……」
「いや、いい」
「綺麗だよね、桜。私も、好きだよ」
今日は、前期の授業が始まって第1週目の水曜日。1回生から真面目に講義に出席し、コツコツ単位を取り続けた自分にとって、今日の講義でそろそろ最後の受講科目になる。それでも、彼のことは見たことがないと思った。きっと向こうも、同じことを思っていたと思う。
「次の授業、取るの?」
「うん」
「何回生?」
「4回」
「あ、じゃあ一緒だ。公共の人?」
「いや、経営」
「そうなんだ」
それは、とても、短い会話だった。
彼は聞かれたから答える、といった感じで、積極的にこちらとコミュニケーションを取る気はまったくないようだ。
それでも、よく見るとなかなか整った顔立ちをしていて、髪なんか子どものようにツヤツヤで、天使のわっかができている。
(キレーな髪……)
それが、彼との“出会い”だった。