レジェンドは夢のあとに【8/18完結】
「君は面白いね。芸人にもそうそういないさ。ここまで体を張る女の子は」
「…!?」
聞き覚えのある声に、肩が跳ねた。
びしょ濡れの髪を頬に貼り付かせたまま、あたしは振り向いた。
え…
もしかして…
「エントリーNo.48。春田…千愛?」
傘を差して、悠然とした表情でそこに立っていた人。
見覚えがあった。
審査員の一人。
あたしには確か、一度も質問をしなかった。
一番左端で、ただ黙って腕組みをして見ていた。
上下黒の、50代前半ぐらいのおじさん…
――え。
本当に、もしかして。
「私は君の歌にも興味があったんだけどね。心のせまい他の審査員が退室を命じたものだから。残念だった」
「あ、あの…っ!」
「春田…」
ちあい。
もう一度あたしの名前を確認するかのように呟くと、おじさんは相変わらず余裕のある表情のまま、傘を持っていないほうの手であたしを招いた。
「来なさい。車で、連れて行きたい場所がある」
「え?…え??」
「その前に、確認しておこうか」
ビルの脇に停めてあった、赤い車。
それに乗り込む直前に、おじさんはあたしをまっすぐと見た。
「君には夢が、ある?」