毎日がカレー曜日
「吉祥寺ヤイバを覚えてるか?」

 兄──塚原直樹は、怪しげな白い飲み物に口をつけながら、そう切り出した。

 給仕したのは、サヤと呼ばれる女だ。

 頭のスカーフみたいなのは取り払われ、いまどき珍しい真っ黒の髪が現れていた。綺麗に編み上げられ、頭の後ろの方でまとめられている。

 20代半ばくらいだろうか。兄が「ちゃん」づけで呼んだので、もっと若いかと思っていた。

「ヤイバって、えーと」

 白いナンを指でちぎって口に放り込みながら、孝輔はその名前を思い出そうとした。

 サヤには聞き覚えはなかったが、そっちはあったのだ。

「アニキの友達で同業者だったよな。大学一緒だったっけか?」

 かきわけた記憶の中から、ようやく目当てのものを掘り出せて、孝輔はすっきりした。

 すっきりしたついでに、自分にも用意されている白い飲み物に口をつけると、甘いんだかすっぱいんだか、なんとも微妙な味わいだ。ヨーグルトジュースとでもいうべきか。

 思わず、白く濁った水面を見つめてしまう。

「ラッシーです。お口に合いませんか?」

 この国では、既に死滅したのではないかと思われるような綺麗な日本語。

 美しい言葉に聞きほれかけたが、そんな悠長な事態ではなかった。

 向かいの兄が、突然炎を上げてごうごうと燃え盛り始めたのだ。

「そんな生易しい関係ではないわ! ヤイバは我が心の友!」

 ドォン。

 強くテーブルにたたきつけられた拳は、その上にあるものを、軽く1センチほど跳ね上げさせた。

 行儀悪く、グラスを持ったまま肘をついていた孝輔は、というと。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 心配そうな、やっぱり真っ黒な目に覗き込まれる。

「いやま、えっと、タオルくんない?」

 ラッシーなるものを、顔中にまきちらしてしまったのだった。
< 3 / 53 >

この作品をシェア

pagetop