花霞む姫君
まゆみちゃんに背中を押されるようにして家の中に入った。

「なんでまゆみちゃんがここに?それに…」
「いいから、早く!」


まゆみちゃんは、姫の話、知ってるの?

とは聞けなかった。

言われるがままに玄関で靴を脱ぐ。


家の中は菊の香りと線香が混ざった、嗅いだことのない匂いがした。

おばさんの遺体があるであろう部屋の横を素通り過ぎ、洗面台の鏡に立つ。


「おでこ、見てみなよ。」

まゆみちゃんはそう言うと、先輩がさっき優しく触った私の前髪を、無遠慮に手でかき上げた。


「あっ。」

鏡に映った、私のおでこ。

そこには先輩のキスマークがあるわけもなく、

むしろ、黒々としたシミのようなものがあった。
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