或る一人の悲しい男の物語
2
「そういえば君、大学を辞めたそうじゃないか」
目の前に座る彼女は、飲みそうになった紅茶を噴出しそうになった。
「―――ちょ、吹きそうになったじゃないの」
「すまない」
視線を新聞から離さずにハンカチを差し出した。新聞は立ち売りする少年から買った。彼女は黙って受け取った。
「だって―――あなただって黙って教授を辞めたじゃない」
「どうせ君のことだから話したら辞めると思ったんだよ。結局こうなったがね―――仕事は?お針子でもやるのかい?」
午前9時。毎週月曜と木曜は講義が午後からなので、いつもこうやって道に出ているカフェのテラスで、いわゆる世間話をするのが日課だった。彼女とは以前からいろいろと付き合いがあり、大学での私の助手だった。