ONLOOKER Ⅲ


ともすれば反感を買うようなことを、乃恵は前を向いて、真剣な顔で言った。
平たく言えば、今まで世間を欺いていました、本当は最初からこんなことしたくなかったんです、もうこんなキャラでいるのは嫌になりました、だから引退します。そんな内容だ。
しかし誰もが驚いたのは、そんなアイドルにありがちな内情をなんの躊躇いもなくすっぱりと言い切ったことではなかった。
その後に彼女が口にした、“本当にやりたかったこと”が、あまりにも予想外だったのだ。
ワイドショーで最も繰り返されたのは、「引退します」とはっきり言った映像よりも、その部分だった。


『私、本当はプロのキックボクサーになりたかったんです』


そう言った乃恵のはにかんだ表情と、「いや…………えええぇぇぇぇぇ…………」と呟いた聖の声は、しばらく直姫の脳裏から離れることはなかった。


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