ONLOOKER Ⅲ



「……やっぱり歌ってるときは普通なのにな……」

少し乱れた髪、揺れるスタンドマイクや体の底から響く音、どすの効いた張りのある声は、客観的に見ればやはり、かっこいいのだろう。
それでもなんとなく、画面の中でカメラに鋭く視線を寄越す恋宵は、見慣れない。

直姫にとっては、生徒会室の片隅、窓際に腰掛け、アコースティックギター1本で楽しそうに歌うあの人が、恋宵なのだ。
チョコレート菓子の箱と一緒ならなお彼女らしく、紅が淹れた紅茶の香りと、つられて口ずさむ聖がいれば、それがあの部屋での日常だ。

“Ino”はかっこいいけど、“恋宵先輩”の方が、伊王恋宵だ。
そんな意味のわからないことを考えて、それに付け加えるように浮かんだ思い付きに直姫は、誰も見ていないのだからと、明らかに苦笑した。


そうか自分は、彼女に笑っていてほしいのだ。


十話・終


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