ONLOOKER Ⅲ


(傘だけでも忘れてなかったらなぁ……)


そうすれば、多少濡れてしまうのは覚悟するとしても、中庭を急いで通ることも容易だったのに。

もういっそ濡れてしまおうかと、やけになってそんな風に思った時だった。
アーチの横の階段を下りて来た人物が、門の中に駆け込んで来たのだ。


「……東先輩?」


少し高めの、抑揚の少なく冷たそうで沈着な印象を受ける、それでいて柔らかい声。
傘で顔は見えなかったが、彼女が聞き間違うはずがない。

傘を畳むと現れたのはやはり、濡れたような黒髪と、大きな瞳だった。
彼(客観的に見て)は、千佐都だと確認すると、やっぱり、と微笑む。


「な、直姫くん」
「どうかしたんですか?」


ワイシャツの袖をカーディガンごと無造作に捲った、華奢な腕。
放課後だからか緩めたネクタイと、少年らしい細い首。

そんなものにいちいちときめく、なんて誰にも明かせないが、千佐都はこっそりと盗み見るように、ちらりと視線を送った。

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