ONLOOKER Ⅲ


「あ、もしかして、北校舎に……?」
「あ、そう、そうなの。傘と楽譜、教室に忘れちゃって」
「じゃあこれ、どうぞ。」


爽やかで人を安心させるような、優しい笑顔。
あまり表情豊かなほうではないだろうに、案外よく微笑んでくれるのだ。

そんな直姫の表情に見とれる隙もなく、一瞬の躊躇もなしに差し出された物を見つめた。

濡れた折り畳みの傘。
少し暗い藍色が、どこか彼に似合いだと感じた。


「え……これ、直姫くんの?」
「はい、自分はもうなくても平気なんで、使ってください」
「え、でも直姫くんが濡れちゃうよ」
「ヘーキですから」


彼は千佐都の手を取ると、傘を握らせて、自分はぱ、と手を広げた。
濡れて困るものを持っていない、と言いたいのだろうか。

そして千佐都がその仕草の意図を考え込んだ、一瞬の間に、さっさと中庭に走り去ってしまったのだった。

分厚い雨のカーテンに、すぐにその後ろ姿は見えなくなる。

残ったのは青い傘と、指先に冷たい掌の感触。
火照った頬に触れると、すぐに薄れてしまって、少し勿体なく感じた。

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