ONLOOKER Ⅲ

ころんと急転、くちびる


***

それはある日、珍しく生徒会室に誰の人影もない、放課後。
役員たちにはそれぞれに優先すべき用事が入ったようで、人数が揃わなくては仕事にならないからと、昼休みには、放課後の活動がないことを知らせる紅の声がスピーカーから響いた。

なにが噂になろうといつもとなんら変わりない様子を見せ続ける彼女に、生徒たちは、教師たちは、犯人は、そして彼は、なにを思ったのか。

少なくとも、いやがらせをしている犯人にとっては、気に食わなかったのだろう。
そうでなければ、紅が今ここにいる理由は、なかったのだから。


「……いっ、た、」


いつの間に仕掛けられていたのか。
カミソリの刃が仕込まれていた櫛は、使う前に気付いたため、難を逃れた。

最近はなにを触る時も警戒しているため、それほどひどい目に遭うことはなくなっている。
だが相手は思ったより賢くて、陰湿で、悪質だった。
こんなことなら、私物がなくなったり捨てられたりする方が、いくらかましだと、紅が思うほどには。

手鏡を覗けば、下唇の端に、痛々しい引っ掻き傷ができている。

小さなポーチに、ヘアピンやヘアゴムなどと一緒に入れていた櫛とリップクリームが見当たらないことに気付いたのは、五時間目が終わったあとの休み時間だった。
通学鞄に入れたままロッカーに入れてあるから、持ち出すチャンスは多くないにしろ、どこかで必ずあっただろう。

その時は、六時間目の授業のために教室を移動しなければいけなかったので、じっくり探すことはしなかった。
しかし、なかったはずのそれらが放課後にはきちんとポーチに入っていたために、急いでいたせいで見間違えただけで、気のせいだったのだ、少し過敏になりすぎているのだと、思ってしまったのだ。

そして、なんの警戒もせずにリップクリームを使ってしまったのが、いけなかった。

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