ONLOOKER Ⅲ
「それ、どうしたの」
「別、に、」
「どうしたのって聞いてんの」
有無を言わせないような声。
目を伏せて、絞り出すように答える。
「……ひっかいた、だけだ」
「……紅」
呆れたような、苛立ったような、咎めるような声色に、どうしてこうもこの人は、と、思う。
どうしてこうもこの人は、なにもかも見透したみたいに。
目を合わせたくなかった。
最後の抵抗だ。
最後の、という自覚があった。
「……ねぇ、俺がなんで怒ってるかわかんないの?」
「……それ、は」
「ほんとにわかんないなら相当バカだよね」
いつも人を溶かすみたいに優しいくせに、こういう時だけ、こんなふうにぞんざいな言い方をする。
だから嫌なのだ。
だから特別堪える。
そんなふうに言わないでほしい、と思ってしまう。
それでは相手の思う壺のような気がしたが、腹は立たない。
今はそれどころではなかった。
「ねぇ」と、目の前の口が動く。
「俺がどれだけ心配してるか、気付いてよ、いい加減」
「……じゅん、」
手のひらが、頬を滑る。
顔を覗き込まれて、仕方なしに瞼を上げた。
一週間と二日ぶりに交わった目線。
リップクリームを塗りかけの唇が、渇く。
まだ熱を持っていた。