ONLOOKER Ⅲ
広大な中庭も、あと数メートルで北校舎の入り口、という所。
辺りにはもう、夏の彩りが開き始めている。
それらの爽やかな色合いを眺めながら、ふと紅が思い出したのは、先日見かけたニュース番組のことだった。
父親は元政治家である、ということは以前聞いたが、直姫は他になにも話したことはなかった。
直姫が本当は女だと知っている居吹が、事情を知る理事長からなにかしら話を聞いたということは、十分に考えられる。
だが、それでも居吹がなんの気なしに言っていただけだ、確証はない。
彼を信用していないわけではないが、あまりにノリが軽すぎて、鵜呑みにしていいのかわからなかったのだ。
俊巡ののち、紅は口を開いた。
その時だった。
「……なぁ、なお」
「っ紅先輩!! 危ない!!」
初めて聞いたような気がする、直姫の大きな声。
やけに重みのある、なにかが砕けた音。
それらを鼓膜の端っこに捉えながら、急激に視界が傾いたのを感じた。
「な……直姫……?」
直姫の手に、袖を握られていた。
額を紅の肩に預けている。
自分が地面に座り込んでいて、直姫が覆い被さるように膝を突いていたのだと気付いて、立ち上がろうと、直姫の体に触れた。
手のひらが滑る。
ぬるりとした感触。
直姫のカッターシャツが、濡れていた。
腕を上げる。
喘ぐように、息をする。
手のひらが、赤かった。
「……な、お……」
あんな大声が出せたのか、とか、あんなに素早く動けるとは知らなかった、とか。
そういう、頭では考えていることを表現するよりも先に、喉からは、悲鳴が飛び出していた。