ONLOOKER Ⅲ
ゆっくりと、本当にゆっくりと、紅は振り返った。
その顔があまりに蒼白で、ぎょっとする。
かたかたと震える唇が、薄く開いて、「じゅんのすけ、」声に出さずに、呟いた。
「紅!? どうしたの、」
肩に手をかけると、縋るような目を、准乃介に向ける。
なにか言おうとしてわなないた唇は、なにも言わないまま閉じた。
再び足元に落ちた視線の先を追って、准乃介は、息を呑んだ。
毛先を鷲掴みにしてそのまま切り取ったような、大量の髪の毛の束が、無造作に散らばっていたのだ。
それが真っ黒だったので思わず、紅のポニーテールを確認する。
目の動きで准乃介の考えが分かったのか、紅は、今度はちゃんと口を開いて、声を出した。
「私のでは……ない」
「……じゃあ、これ」
「脅し……だと、思う。たぶん」
「本物かな」
「わからない」
ふるふると首を振ると、細い絹糸のような髪が、動きに合わせて揺れた。
改めて見れば、足元に落ちているものと紅の髪とでは、滑らかさもつややかさも、比べ物にならない。
だが、二人を動揺させるには、十分すぎるほどだった。
紅が、ぎゅ、と固く結んだ拳を、右手で握り込む。
震えを抑えようとするようなその仕草が、彼女にしてはあまりにもはかなげで、頼りなくて、准乃介は手を伸ばした。
「……准乃介?」
「大丈夫、」
男にしては華奢で、華奢というには大きくて、爪が短く指の長い手が、紅の両手ごと包み込む。
目線は彼女の拳に固定したまま、もう片方は頭の上で、ぽんぽん、と軽く撫でるようにして。
そして、目は合わせないままで、頷く。
囁くように、もう一度「だいじょうぶ」と言った。
紅の目元が、少しだけ和らぐ。
力の入った両手もいつのまにかほどかれて、准乃介の手を握り返していた。