ボーカロイドお雪
 あたしは引きはがすようにヘッドホンを頭からはずしてみた。その声は聞こえなくなった。おそるおそるもう一度ヘッドホンを耳にあてる。
「ちょっと!わたしがあいさつしている最中にそれはないんじゃない?」
 やっぱり聞こえる!あたしはヘッドホンのジャックをパソコンの端子から抜いた。今度はパソコンのスピーカーから直接声が聞こえてくる。
「だから、空耳でもヘッドホンのせいでもないってば。あたしが、あ、な、た、に、話しかけているの!お分かり?」
 あたしはまたヘッドホンをパソコンに繋ぎ直し、PDAを引出しから取り出した。あたしはこの時初めて自分が声を出せない体である事を幸運に思っていた。普通ならキャーって悲鳴上げて階下の両親どころか近所中の人たちを叩き起こしてしまっていただろう。
 あたしはPDAに震える指でメッセージを打ち込んだ。いつもの数倍の時間がかかった。やっと打ち終えて画面をパソコンの中の女の子に向ける。
『あんたは何?なぜしゃべっているの?』
 パソコンの中の女の子、お雪はちっぽけな両手を肩の上で外側に開き首を三度ゆっくりと横に振って見せた。アメリカ人が呆れた時にやるシュラッグとかいう動作だ。ふん!一人前に!
「わたしはボーカロイドよ。ただし、そんじょそこらのボカロとは違うの。わたしは自分の意思を持ち、自分で物を考えるAI,つまり人工知能ね。それを装備したボーカロイドなのよ。まあ人間と対話出来る特別製のプログラムで出来たボーカロイドなの」
 と、お雪はさも当然という調子の声で言った。3DCGの体の方もこころなしか得意そうに反り返っている。あたしがさらにPDAに文章を打ち込もうとした時、お雪がそれをさえぎった。パソコンの画面の下の方にRPGゲームのようなメッセージスペースが出てきた。
「何か分からないけど直接会話出来ないみたいね。文字を打ち込むならPCのキーボードの方が楽でしょ。そこへ文章打てば直接わたしに伝わるわよ」
 お雪にそう言われてあたしはPDAを机の端に置き、パソコンのキーボードで直接メッセージを入力した。
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