ボーカロイドお雪
第三章 届かなかった歌
 次の週末のライブはロック調の曲で統一することにした。あたしのオリジナルの曲でそういうのは一つしかないから、あたしが割と好きなプロのバンドの曲をやることにした。
 本来はエレキギター最低一台にエレキベース、ドラム、キーボードという編成のバンドで演奏する物だから、フォークギター一本で再現するのはかなり無理があるけれど、前奏や間奏を省いて、ギターのコードを簡単な物に変えてなんとかごまかす。
 そのボーカル部分をお雪のコマンドに入力している時、あいつとこんな話をした。
「これって、かすみらしくない」
 あたしは音階を入力していた手をマウスから離し、キーボードで返事をする。
『じゃあ、あたしらしいって何なのよ?』
「わたしにもうまく言えないけど、かすみの想いとこの曲は違う・・・そんな気がする。そういう事」
『分かんないわね、それ。そもそも歌って誰の曲でも何らかの想いがこもっている物じゃないの?』
「この曲は、これを作った人の想い。これを歌っているプロの歌手の想い。それはかすみの想いと同じ物なの?本当に同じなの?」
 ああ、しつこい!あたしはお雪の言った事を少し考えてはみたけど、そんなややこしい事、あたしの頭じゃよく分からない。とにかく、公園のあの人に聴いて欲しいという想い、それで充分じゃないの?
『とにかく!あんたがごちゃごちゃ話しかけるから、入力が進まないじゃないの!この話はもうおしまい!』
 あたしがそう打ち込むとお雪はもう何も言わなくなった。あたしはボーカルの音階をパソコンに入力する作業に熱中した。その時のあたしの頭の中は、こういう光景で一杯だった。他には何も考えられなかった。
 あたしの歌が始まる。例によって背を向けて聴いているあの人が突然振り向く。そしてあたしの姿をじっと見つめる。そういう光景だけが、あたしの脳裏を埋め尽くしていた。
 二日がかりでロック調の曲を三曲追加した。そして金曜日の夕方、いつものように公園へ行く。そしていつものようにトイレでライブ用の服に着替える。
 この日のあたしはこの前買いこんだ革ファッションに身を包み、お化粧も少し。目の周りにはキラキラ光るラメ入りのアイシャドー。赤い口紅も生まれて初めて塗ってみた。生足がむき出しだからちょっと恥ずかしいけど、公園の往き帰りは着替えるから気にしない事にする。
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