ボーカロイドお雪
 何時間そうしていたのだろう。ふと気がつくと、もう日が頭の真上に来ていた。腕時計を見るともう十二時過ぎ。
 あたしは当然携帯電話を持っていない。だから腕時計をして腕時計で時間を見る。学校の同級生の大半は携帯の画面で時間を見る。だから腕時計をしていない子の方が多い。こんな所でもあたしと普通の女の子たちの行動は微妙にずれてきている。
 これから年を取っていくごとに、このずれはますます大きく、多くなっていくのだろうか。あたしはそれが怖い。
 十二時十分、あの人がやって来た。あたしより二つか三つ年上だろうと思う。ちょっと背の高い、ほっそりした体つきの男の子だ。いや、もし三つ上なら大学生か社会人だから「男の子」呼ばわりはまずいかな。
 耳が隠れる程度に伸ばした髪がちょっとぼさぼさしているけど、いつもにこやかな顔をして、とても感じがいい。
 でも話をした事は一度もない。声をかけた事もかけられた事もない。名前も住所も、学校あるいは職場も、何もあの人の事は知らない。なのに、なぜかあの人に会いたくなって、ついこの公園に来てしまう。
 あの人は多分どこかでお昼を食べた後、午後の授業か仕事が始まるまでの休み時間をここで過ごしているのだろう。いつもジーンズとラフなシャツや上着だから、社会人だとしたら工場の工員さんとかなんだろうか。
 あの人はいつも今あたしがいる場所から一番遠い川べりの手すりに寄りかかって、遠い目をして空を眺めている。あたしは遠くからあの人の姿を見るのがとても好きだった。
 やがて一時少し前になってあの人は公園を去って行った。夕方にもここへ来る事があるのはチェック済み。
 そこまでやっているのなら声でもかければいいじゃない?と言われるかもしれないけど、それは普通の女の子の話。
 あたしにはまず、声をかけるという事自体が不可能だ。あたしはもう一生声が出せない体なのだから。仮に気付いてくれたとしても彼と会話すらする事もできない。
 そんな女の子と付き合ってくれる男性がこの世にいるだろうか?まして、本気で好きになってくれる人がいるだろうか?だから、あたしはいつも遠くから彼を見ているだけ。それで満足するしかない、それがあたしの運命。
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