ボーカロイドお雪
 人生とか、世の中というのは、どうしてこんなにまで残酷に出来ているのだろう?事故で死んだのは雪子ちゃん自身の不注意だったかもしれない。でも、彼女だって何か悪い事をしたわけじゃない。
 雪子ちゃんのお母さんだって、見知らぬおばあさんに親切に道を教えてあげようとしただけだ。雪子ちゃんの父親であるこのおじさんだって、今は亡き愛する娘の歌声を何らかの形でこの世に残そうと必死になってがんばったのに・・・
 誰もが人間として当たり前の事をしようとして、その人なりに一生懸命にがんばっただけなのに……
 おじさんは、あたしの頬を流れる涙を見て少し驚いたようだった。あたしは急いで涙を指でぬぐい、手振りでおじさんに話を続けるよう促した。
「それから僕は、お雪を預けられる人を探すために、あのソフトウェアの店を開いたんだ。たまたま君の町に知り合いがいてね、あそこに店を出す事ができた。そして、ある日君が現れた……まあ、そんな事だったんだよ。……おっと」
 と言って、おじさんは急に車を停めた。話を聞くのに夢中になっていて気付かなかったけれど、もうそこはあたしの住む町だった。家に近い通りのすぐそばだ。あたりはいつの間にか、夕闇に包まれていた。
「この辺で大丈夫なのかい?家の前まで送ってあげるつもりだが」
 そういうおじさんに、あたしは首を小さく横に振って、それから深々とお辞儀をした。そしてドアを開けて車から降りようとすると、おじさんの手があたしの左肩を押さえた。
「忘れ物だよ」
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