ボーカロイドお雪
 最初は「G線上のアリア」詠唱。ここは初心に帰らなきゃね。だから最初はこの曲。あたしのギターの伴奏に合わせてお雪の声が響く。
 今回は何回か繰り返す小節を一回分省略した短めのバージョン。フルにやると結構長い曲だから、聴く人の事を考えて。クラシックが苦手な人だと最初から退屈させちゃうかもしれないからね。
 曲が終わった。でも拍手が聞こえてこなかった。あたしはすこしどぎまぎした。久しぶりだから腕が鈍っていたのかな?お雪は問題ないはずだけど、あたしはギターを新しい物に変えたばかりだから、演奏がまずかったのかな?
 でも、公園の芝生やベンチに座っている人たちの様子を見て、あたしはちょっとびっくりした。みんな食い入るようにあたしの方を見つめていた。特にカップルの女の人たちはじっとこちらを見つめて動かない。
 やがて誰かがパチパチと手を叩いた。そして周りの人たちもそれにつられて一斉に手を叩き始める。あたしはしばらくぼんやりとそれを見、拍手を聞いていた。それは以前のライブで聞いた、どこかおざなりな、お付き合いで、という感じの拍手とは明らかに違っていた。
 同じ拍手でも、今日の拍手は、何というか、変な言い方だけど、熱い。今までのライブでは聞いたことがない感じの拍手だった。
 あたしはハッと我に返り、次の曲へ移った。以前のライブのために書きためた、様々なパターンの恋の歌、三曲。それを歌いながら、あたしは奇妙な感覚に包まれていた。歌っているのはパソコンの中のお雪であって、あたし自身ではない。あたしは単に口パクをやっているだけ。
 けれど、なぜかその声があたし自身の喉から、口から出ているような錯覚を感じる。まるでお雪とあたしが一つになりかけている、そんな不思議な感じだった。
 一曲終わるたびに熱い拍手を受けて、あたしは段々体が熱くなるのを感じた。以前のライブでは感じる事がなかった、不思議な、なんとも言えない高揚感。
 そしてお雪の声もやはり以前のライブの時とはなんとなく違って聞こえる。お雪は機械というか、コンピューターのソフトウェアなんだから、同じ曲、同じデータである以上、何かが違っている、なんて事があるはずはないのだけれど。
< 53 / 62 >

この作品をシェア

pagetop