ボーカロイドお雪
 フルに演奏して五分ちょっとの長い、最後の曲が終わった。今度は終わった途端にものすごい拍手が起きた。割れるような拍手って、こんな感じだろうか?言葉は知っていたけど、自分で実感したのは生まれて初めてだ。
 以前と比べて日が短くなっている。もう辺りは真っ暗だった。公園を去る人たちの何人かが、後片付けをしているあたしのそばまでやって来て、「良かったよ」とか「がんばってね」とか、「また聴きに来るよ」とか、いろんな激励の言葉をかけてくれた。
 ありがたかったけど、片付けがなかなか進まず遅くなってしまった。ギターをケースに入れようとしていると、今頃になって夕闇の中をこっちに走って来る人影があった。人影は二つ、ひとつは大人、もう一つは子供。
 小さい方の人影が先にあたしの所へ走りこんで来た。それはまりちゃんだった。あたしのそばにたどり着くと、両手を膝の上につきかがみこんだ姿勢でしばらくゼイゼイと荒い息をして、絞り出すような声で言った。
「おねえさん、よかった……間に合った……」
 それから少し遅れて大きい方の人影がまりちゃんの後を追ってあたしのそばへやって来る。ベンチの横の街灯に照らし出されたのは、彼だった。猛さん。
 あたしの胸の奥が今度はズキっと痛んだ。でもあたしは無理やり笑顔を作って彼に向き直った。まりちゃんがあたしに向かってまだゼーゼーと息をしながら言う。
「最後の曲のほんの少ししか、ハァハァ……聞けなかったけど……どうしても、おねえさんに伝えなきゃいけない事があって……」
 それから彼女は猛さんの背中を手でひっぱたくようにパンと叩いて今度は彼に向けて言った。
「ほら、あれ、早く出して!」
 猛さんは右手で頭をかきながら、左手でズボンの尻ポケットから何かを取り出す。それはPDAだった。あたしが使っているのと同じメーカーのだけど、あたしのより少し大きいし、色とかデザインも男性向けの物だった。
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