ボーカロイドお雪
 そういう風に二人で過ごす時間が今のあたしには一番楽しい。バスが市民館に着くと、しばし彼とは離れ離れになる。あたしは初心者クラス、猛さんは上級者クラスだから、授業の間は別々の教室。
 あたしのクラスは五十分で終わりだけど、彼の上級者クラスは一時間だから、いつもあたしがロビーで彼を待つ事になる。以前はこうやって人を待つのってたとえ五分でも嫌でしょうがなかったけど、今ではこの時間もとても楽しい。二階からいつ彼が降りてくるか、今か今かとわくわくしながら待っている、この時間が意外と楽しい。そう感じるようになった。
 お雪とのライブの方はあれからずっとお休みしている。寒くなってきたから屋外での演奏はつらいという事もあるけど、あたしたちの小さな町で評判になったりすると、それはそれでちょっとまずい事になる。
 同じ町の公園だから、あたしを知っている人、たとえば学校の同級生とかが偶然公園に立ちよってあたしのライブを見てしまう、という事は充分起きる可能性がある。と言うより今まで起きなかった方が運が良かったと思うべきなんだろう。
 声が出せないはずのあたしがなんで歌えるのか、という事が問題になったり噂になったりするとまずいでしょ?相手が大人だと、いつまでもあの嘘が通用するかどうか分からないし。
 だから春になって暖かくなったら電車で何駅か離れた所へ行って、あたしを知っている人がいない場所でライブを再開しようと思っている。お雪は出番がなくて不満そうで、いつもあいつをなだめるのが大変。
 上級クラスの授業が終わって十分以上経ってからやっと猛さんが二階からロビーに降りて来る。授業が終わるといつも廊下で先生を捕まえて、授業中に訊けなかった事を質問しているそうだ。手話教室の先生は「熱心な生徒さんですね!」と感心している。それはあたしも知っている。
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