ボーカロイドお雪
 念のため入力用のピアノの鍵盤型のボードや各種操作ボタンを押して使い方を確かめる。やはり以前使った事のある普通のボーカロイドとあまり変わらない。これのどこが試作品なんだろう?そのうちあたしは楽曲のデータが一個、最初から入っているのに気づいた。多分サンプルの曲だろう。それを再生してみる。
 アー、という声楽の歌い方で歌詞なしの歌声が響く。聞いたことのある曲、それもクラシックだった。たっぷり一分間頭を抱え髪を散々かきむしってやっと思い出した。「G線上のアリア」という曲だ。普通はバイオリンのソロで奏でる主旋律をボーカロイドの声が奏でている。
 あたしは絶句した。なんて綺麗な声、そして歌のテクニック!あたしも中学の時からギターやってバンドの真似ごとしていたからそれなりに声と歌には自信があったけれど、これはなんと言うか、次元が違う。おそらく小さい時から本格的に声楽をやってきた人間でないと出せない声だ。
 高く澄みきったバイオリンのようで、そのくせ温かみのある伸びやかな優しい声。あの事故に遭わなくても、あたしにはこんな美しい歌声は出せなかっただろう。
 そして曲が進むにつれて、あたしは目をまん丸に見開いたまま、椅子に座った姿勢のまま固まって動けなくなってしまった。
 どうしてって?歌声に合わせて、パソコン画面の端の二頭身の女の子キャラが動いていたから……まるでその女の子が本当に歌っているかのように。
 そして曲が終わると、あたしは今度こそ椅子から転げ落ちんばかりに心底驚いた。どうしてって?パソコンの中の女の子が話しかけてきたから。
 もちろんあらかじめ録音された使用法ガイドなんかじゃない。明らかにあたしに向かって、しゃべりかけてきのだから。
「やあ、初めまして。わたしはお雪。あなたがわたしの持ち主になってくれたの?」
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