サヨナラをいうまえに
私の母は出版社に勤めるバリバリのキャリアウーマンだ。
父は建築会社勤務のサラリーマン。
もっとも、3年前からニューヨークに単身赴任をしている。
結構、エリートらしい。
まぁ、簡単に言うと、忙しい両親のもとで私は育った。
学校からの書類は決まった場所に置き、伝言がある場合はボードに書き込む。
すれ違いの生活が普通であって、会話はあまりない家庭だった。
それを寂しいと思ったのは、小学校低学年の頃までだろうか。
私は、毎日のように水泳やピアノ、英語教室に通っていた。
そこには友達の優しいお母さんがいた。
私にも親切にしてくれた。
だから、特に不自由だと思ったことはなかった。
ただ、よく風邪をこじらせて、ひどく咳き込むことがあった。
そんな時も両親は不在で、私は風邪薬を飲んで、1人、耐えた。
具合が悪くても、1人ベッドで横になることが普通だった。
両親の実家はどちらも離れていたから、そうするしかなかったのだ。
小学5年生の時。
隣の県へ2泊3日の宿泊学習に行った。
友達と過ごす時間はとても楽しくて、私はものすごくはしゃいでいた。
いつも1人で過ごす時間に、笑い声がある。友達がいる。
広い部屋に敷かれた布団。飛び交うまくら。
楽しい夜だった。
その楽しい夜が、2日目、突然、恐怖に変わった。
いきなり激しい咳が私を襲った。
それは息を吸うことを許さないほどの激しさだった。
今でもその時の恐怖を覚えている。
目の前がクラクラとして、視界が白くぼやけていく感覚。
友達が心配して背中をさわっていてくれたけど、それが誰だったのかは覚えていない。
気が付くと私は病院のベッドに横になっていた。
そばにいたのは……養護の先生だった。
父も母にも連絡は入れたが、明日にならないと来られない。
養護の先生は、そんなことを遠まわしに優しく教えてくれた。
私は点滴の落ちる様子を見上げていた。