インサイド
「あ。うんっ、帰る、よ」

「一緒に帰ろっ。私かばん持ってくるから、門のところで会おうね」

 圧倒されるくらい人懐っこい笑顔をとばして、奏は走って出て行った。


走る……、普通に走っている。


千帆はしみじみと息をついて、認識を一つ改めた。

天才少女というものは、余分な運動は決してしないものだというのは誤りらしい。

なんとなくイメージで、手に手袋なんかしてお車で送り迎えのお嬢様を想像してしまっていた。

そんな生徒、この学校にも一人もいなかったけれど。


 電気を消すと、黒いピアノは外からの光に輝いた。

沈んでいく太陽のオレンジ色の光を映し、影を長く壁に伸ばす。


鍵をかけられたスタインウェイ。

青山奏の出現を、千帆はうまく消化できずにいた。
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