真昼の月
栓をひねるとまだ温まっていない水が出てきた。お湯の温度を40度に設定ししばらく出しっぱなしにして、水が温まるまで待った。

そうしている間も傷は疼いた。水がお湯に変わると、傷に触れないように注意深く腕を上げて、お湯を浴びた。

頭皮が汗で汚れていたので、左手で洗い、片手でシャンプーをつける。

シャワーをフックにかけたままお湯を出して片腕に水がからないように洗うのはちょっと至難の業だった。
何とか髪を洗い上げるとバスタブのふたの上にあらかじめ載せておいたバスタオルでまとめてもう一枚で体を覆う。熱と湿気に刺激された傷がまた疼いた。メトロノームで拍子を刻むみたいに痛みが訪れて痛みがあたしかあたしが痛みかわからなくなってきた。

「いたぁ」泣きそうだ。自分でやっといたくせに不可効力でできた傷を嘆くときみたいに情けない気分に襲われた。洗濯かごの中のTシャツとジーンズを洗濯機にほおりこむと部屋に戻ってピルケースの中の鎮痛剤を取り出し、台所で冷蔵庫に残った二本のビールのうちのひとつを開け、3錠ほどビールで飲み下した。

テレビをつけた。黒眼鏡の司会者が登場するお昼の番組をやっている。うるさいのでまた消して、バスタオルを巻いたまま、ソファの上で横になった。足元の絨毯に黒っぽいしみが点々とついていた。それを眺めながら素手で傷をぎゅうっと圧迫した。

薬を飲むと痛みの濃度が拡散される。ぼんやりした霧に包まれた痛みに変わる。
時間が引き延ばされた飴のように伸びて自分がどこにいるのかさだかでない。

ここにいる自分は本当の自分なのだろうか。

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