真昼の月
あの冬の日、あたしがママを助けられなかったときの光景があたしを包み込む。
赤いフィルターを通した、画像が早回しされる。

父親が寝ているあたしの布団を引き剥がす。

「おきろ!! 聖羅。お前の母親は気が触れている。
一日中何もしないで寝てばかりいやがる。
俺が仕事で忙しくてかまってくれないのが不満だって抜かしやがって。
いいか聖羅、お前とこの女が生きていられるのはなあ、俺が稼いでいるからだぞ。
自分で事故ってにっちもさっちも行かなくなってるやつの面倒見てやっておれは24時間働いてるんだ。
事故があればすぐ呼び出される。
いつ呼び出されるかびくびくしながら酒を飲む。
飲まなきゃやっていられないからな。
それも気に食わないという。
外で飲んでばかりいるのが気に入らない、
それが原因でこいつは俺に嫌がらせをする。
朝飯は作らない。寝てばかりいる。掃除も洗濯もしない。
何にもやる気がない。
ワイシャツなんてなあ、洗ってアイロンかければ済む話なのに、
いちいちクリーニングに出す。それもとりに行くのを三日に一度は忘れる。
こんなやつの面倒誰が見るんだ?俺だぞ。
しかもな俺が仕事で忙しいのをいいことに男作りやがった。
定期的にかかってくる間違い電話はなんなんだ。
俺が出ると一回は、
『サノですが、瑞希さんおりますか?』と抜かしやがった。
覚えてるぞ。サノと確かに名乗ったからな。
同じ声で違うときは
『ナカムラですが瑞希さんお願いします……』
ときやがった。よくもまあぬけぬけと人の女房捕まえて名指しできるもんだ。
最低の男だな。
俺は人さま相手の商売してるんだ。
いったん聞いた人間の声は声色変えたってそう変わりゃしない。
そういうこともわからん馬鹿な男にこいつは現を抜かしやがってるんだ。
いいか、聖羅、お前もこんな馬鹿な母親の血が流れているんだぞ。
覚えて置けよ、こういうのをな、売女っていうんだぞ。
お前も将来必ずこいつみたいに気違いになるからな。
結婚もできんぞ。
俺がこの女の血が流れてるお前の性根を治してやるから、こっちを向け」


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