真昼の月
あたしはなごんだ気持ちになった。
こういう気持ちになったのは何年ぶりだろう。
ここにあたしを傷つける人間は誰もいない。
そのことがわかって少しだけ楽になれたような気がする。

「もうひとり女の子いたでしょ。自己紹介した子。あの子は麗ちゃんっていうの。摂食障害でここにいるの」

摂食障害というのは過食症とか拒食症という病気の総称だ。

「麗ちゃん、食べ吐きするんだよね。麗ちゃんのお母さんが完璧主義者で、麗ちゃん高校で主席だったんだけど、ご飯食べられなくなってここに来たって言ってた。学校は一年留年するんだって」

「そういえば麗ちゃんどこにいるんだろう」あたしは杏奈に尋ねた。

「OT室と思う。今日手芸の先生が来てるから」

「OT室ってなあに?」

「うーんとね、手芸とかかごを編んだり手作業みたいなことするの。麗ちゃん手先が器用だから作るのうまいよ。こないだ籐のかご編んで、ひとつ貰ったの」

「そうなんだ。よかったね」

「うん。仲がいいんだよ。お友達同士だから」

談話室に秋の日差しが差し込んできた。
ソファに落ちた陽だまりの上であたしと杏奈はいろんな話をした。
他愛のない話。趣味はなに?とか、好きな歌手の歌の話とか・・・・・・
こうして構えないで人と話したのは何年ぶりだったろう。
あたしは人懐こい杏奈がすぐ好きになった。
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