真昼の月
それってあたしに似ている。
切るのをずっと我慢していて我慢しきれなくなると行き成りスパッとやっちゃう。

もしかして切るのと食べるのと形は違っても、
心の奥底に眠っている苛立ちや憤りは同じなのかもしれない。

じゃあ杏奈は、多重人格はどうなんだろう。ああ・・・・・・でも、杏奈はこういっていた。

「混乱って言うよりもね、物凄く寂しい気持ちになるの。はじめはみんな杏奈みたいに部屋にいろんな人を抱えて生きているんだって思ってたんだけど、先生にそれを言ったら,え?っていう顔されて、いっぱいいるんだね?って聞き返されたの。そのとき自分の中にいろんな人がいるのは自分だけなんだんなあってわかって、すごく心細くなったの・・・・・・」

心細い思い。満たされぬ感情。
あたしだけ辛いんじゃない。みんなそれぞれいろんなことを抱えているんだ。

あたしは泣きたくなった。
それで杏奈に「ちょっと談話室行ってくる」と告げて病室をあとにした。

談話室には誰も居なかった。あたしは泣いた。
泣いて泣いて鼻が真っ赤になるくらい泣いた。
鏡を見ると涙と洟水がごっちゃになって物凄くかっこ悪い顔をしている。
それでもかまわなかった。あたしは泣きながら談話室の窓に近寄った。

冬空が近い。透明な闇にかりっとした真っ白い月が出ていた。
月は微妙な加減で笑っている。泣き顔で笑っているような憂いを含んだ表情だった。
ああ、これをトモはあたしに見せたかったんだと思った。光は銀の粉を振りまいたように白々と輝いていてやさしげにあたしのこころを包んだ。

「そんなに泣くとウサギになっちゃうよ」
あたしは自分に言った。
「そうよウサギよ。だから、月がこんなに恋しいの」

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