真昼の月
深く眠った。目覚めたとき、眠剤から醒めた時のぼんやりした感じがないのが不思議だった。
まだ普通に眠っていた頃のようにすっきりした熟睡感が静かに身体を包んでいた。
部屋の時計を見ると午前7時20分だった。
当たり前の時間に自然に目覚められたのは驚きだった。
言いようのない期待感が胸の内側から膨らんでくる。
今日、トモに逢うんだと思うと不思議な気がした。
トモはいつもパソコンの中に居た。辛いときパソコンを開けるといつもあたしに話しかけてきてくれた。
トモの差し出す言葉は良くも悪くもあたしの心を揺らし続けた。トモと話していると一人でいてもかろうじて
生永らえていけるような気がした。あたしを見ていてくれる人、それがトモだった。
死にたい気持ちを分け合っていた。倒れそうな心を預けてきた。居るだけでよかった。居てくれるだけで。
あたしがトモに逢うのを躊躇していたのは、逢うことが別れることの第一歩に繋がると言う予期不安からだ。
あたしに必要な人はいつもあたしから離れていく。そういう思考に付きまとわれて、近づかれるのが怖かった。
だから逢いたいといわれたとき発作を起こしてしまったのだ。
でも今は違う。トモはどこにも行かない。あたしはそう確信している。あたしに逢いたがっていてくれる。
あたしを必要としていてくれる。今までそういう気持ちをくれた人はいない。そしてその気持ちをあたしが受け取ろうと思ったこともない。これはどういう感情なんだろう。あたしにはよくわからない。もしかしたら恋愛と呼べるものかもしれない、でもそう決め付けてしまうにはあまりにも繊細な感情で恋愛という太い縄みたいなものよりももっとか細い赤い絹糸とよんだほうがいいかも知れないほどたよりない絆のような気もする。
午前中ずっと電話を待っていたけれど繋がらなかった。
あたしはお昼も食べないで自分の部屋でずっとトモの電話を待ち続けていた。
午後1時23分、トモから発信がきた。
出るとトモが息を切らしたような声で「着いたよ」とだけ言った。
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