夏の日の終わりに
 まさに唖然。これが現実とはとても信じられない。

「まだです!」

 心拍計のモニターを覗く看護師の声を聞くと、医師は「もう一度」と声をかけた。

 再びチャージされたパレットが祖父の胸を跳ね上げる。

「まだです」

「もう一度。チャージして!」

 それは四、五回繰り返されただろうか。それでも一向に祖父は戻ってこない。

「見ちゃいられない……」

 その凄惨な治療におばさんは顔を背け、手を合わせて一心に祈っている。母親はまだ来ない兄を捜しているのか、そわそわした目つきで入り口と祖父を交互に見ていた。

(じいちゃん、何してる!)

 僕は祖父のふがいなさと、甘かった見通しに怒りと悲しみが交錯していた。これから目を背けてはいけない。これが僕の導いた祖父の姿なのだから。

 ついに医師はパレットを戻して一息ついた。続いて脈を確認するとペンライトを取り出して眼球を確認した。

(まだだ、まだ……)

 その願いを断ち切るかのように医師は腕時計に目をやる。そして時刻を言い渡した。

「午後11時34分……」


 その先の言葉は聞きたくなかった──


「まことに残念ですが」

(嘘だ!)


 膝から力が抜けてゆく。これまで信じていた「信念さえあれば治る」という幻想はもろく崩れ、そして現実に祖父はこの瞬間生涯に幕を降ろしたのだ。

 おばさんは泣き崩れ、僕は祖父から目を逸らすことが出来なかった。
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