夏の日の終わりに
 心臓が動いていないことを示す一定の電子音が途切れた。ついで人工呼吸器が止まり、体中に突き刺さっていたチューブが取り外される。

 気道の奥まで入っていた気管内チューブが抜き取られると、そこからは一本の前歯が出てきた。入れ歯じゃないことを自慢していた祖父の歯だ。それが物悲しさを誘った。

 医師や看護師が退室すると、再び静寂が訪れる。

 いまベッドに横たわる祖父は、つい今しがたまで病気と闘っていた姿に比べると、見違えるほど穏やかに見えた。

 まだ温もりの残る手を握ると、何故かずっと幼かった頃、祖父と公園で撮った一枚の写真が脳裏に浮かぶ。

「じいちゃん、帰るぜ」


 僕はそう言い残して部屋を出た。


 もうこらえることは出来ない。泣き顔を見られるのは嫌だったのだ。

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