夏の日の終わりに
 退院して家に帰った理子を訪ねたのは一月も終わりになろうとしていた頃だ。

 玄関に出てきて中へ促そうとする理子に僕は言った。

「ちょっと来いよ」

「なに?」

 いぶかしげな表情のまま、片方しか使わない靴を履く理子を、僕は急かすようにドアの外に押し出した。

 玄関先には赤い車が停まっている。それはもちろん僕がここまで乗ってきたものだった。

「?」

 状況がつかめない理子は、運転席を覗き込んだ。誰も乗っていないことを確認すると、僕をかえりみる。

「どう?」

「どうって……」

「俺が乗ってきた」

「うそ! 免許は?」

「取ったばっか」

「え、だって……」

 理子の疑問ももっともだ。僕が十八歳の誕生日を迎えてからまだ二週間も経っていない。しかし自動二輪免許を持っていれば大幅に学科を短縮できる上、実技の教習などはそれこそ朝飯前だ。

「すごーい、全然知らなかった」

「うん、だって内緒にしてたもん」

「なんでー?」

「ビックリする顔が見たかったから」

 こんなサプライズが僕は好きだ。意外性のある行動をとる事が昔から多く、そのたびに周囲の人々を驚かせては喜んでいた。

「家の車?」

「いや、俺の」

「ウソ、すごい!」

 何度もその言葉を口にする理子だったが、僕自身がすごいわけじゃない。ことの経緯はこんなものだった。
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