夏の日の終わりに
 日増しに回復してゆく僕の脚。それを見て兄はいつもこんなことを言った。

「もうすぐバイク乗れるんじゃねえか?」

「そうだな、もう少し曲がるようになれば乗れると思うよ」

「早く治せよ。また走りに行こうぜ」

「当たり前だろ。そのために治してんだから」

 兄のバイクに時折またがっては、ステップに足が掛かるか確かめていた。もう一度バイクに乗るため、というのはあながち間違った表現じゃない。

 そんなやりとりを、両親は複雑な心境で見ていたようだ。

 もともと再びバイクに乗れるとは思ってなかった両親は、僕が「またバイクに乗るからな」と言うと、常に「じゃあ頑張って治さなきゃ」と励ましの言葉を贈った。

 絶望を与えないようにという配慮だった言葉を今さら撤回できない。しかしここにきて僕の脚はその希望を叶えようかというところまできていた。

 どのくらい悩んだのかは知る由もないが、ある日、父親が突然言った。

「車の免許を取れ。車も買ってやる」

 その言葉は心底僕を驚かせた。

 小さな頃からおもちゃ一つなかなか買い与えてくれなかった父親が、そんなことを言うとは思ってもみない。

 しかし、今までバイクのことしか頭になかったのだが、言われてみればその話はひどく魅力的なものに思えた。すぐに思い浮かべたのは理子を隣に乗せてのデートだ。

「取る!」

 即決だった。

 
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