夏の日の終わりに
 購入してくれたのはホンダの小さなスポーツカーだ。1600ccながら、軽い車体と運動性能が峠で走り屋などと呼ばれる連中からは人気があるらしい。

 もちろんそれをチョイスしたのは兄だった。

 低い車体と着座位置が低いのは、実は大きな利点があった。足を投げ出すようにして座る姿勢なので、無理に膝を曲げなくて済む。同じく脚を伸ばして座る理子にも都合が良いはずだ。

「ドライブ行こうぜ」

「うん!」

 着替えをしてくると言って玄関に飛び込んで行く理子の後姿が、うさぎのように飛び跳ねている。理子の喜怒哀楽と言うのは、言葉がなくてもすぐにわかる。嬉しいときも悲しいときも、それを全身で表現するのだ。

 そんな姿を見ていると、こちらまで心がふわふわと軽やかになるのを感じる。さらに理子が車内に飛び乗ってくると、浮かれたバカップルの出来上がりだ。


 コンビニで飲み物とお菓子を買い込むと、はやる心もそのままに渋滞する街中を抜け、郊外目指して車を走らせる。カセットが流行の曲に変わると、僕らは大きな声で熱唱した。

「すごい、シュウ君運転うまいね!」

 右に左に車線を変え、渋滞の道をこともなく走る僕にちょっと感嘆したように言う。

「そうか? こんなん誰でも出来るだろ」

 すっとぼけたように言ったものの、その胸の内は少し浮かれている。

 だいたい男というのは、彼女にいい所を見せたいと常々思っている。しかしその機会が訪れないことにジレンマを感じていたのだ。

 車の運転など、バイクに比べれば簡単なものだ。ようやく自慢できる所を見せることが出来たことにテンションは上がりっ放しだった。
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