夏の日の終わりに
 やがて周りの車の姿は極端に減り、建物もまばらな寂しげな郊外に差し掛かる。そこまで来ると、浮かれていた僕の心はだんだんと沈んでいった。

 口数の減った僕の顔を、理子が覗きこんでくる。

「考え事?」

「うん、ちょっとね」

 わずかに胸に走る鈍痛。さらに南へ走ると、その記憶は思っていた以上に鮮やかに脳裏に映し出された。

「ちょっと停めていい?」

「あ、うん」

 こんな所で? と言う目を浮かべる理子は、そこが何なのか分からないようだ。

 相変わらずトラックの多い道の端に車を止めると、その交差点へと歩を進めた。続けて理子も降りてくる。

 あの事故の痕跡は、一年以上経っているにも係わらずあからさまに遺っていた。路面に残るオイルの跡。縁石は削れて、そこだけやや白く痛ましい。そしてブロック塀には何かがぶつかって崩れた跡が生々しく、事故の衝撃を物語っていた。

(どこでどんな風に俺は……)

 激突する瞬間の記憶は閉ざされたまま未だに思い出せない。

 思い出せないのか思い出したくないだけなのかは分からないが、もし思い出したとしても、それは僕にとってあまり良いことではないかも知れない。

 そう思った僕は考えるのをやめた。

「ここで事故したの?」

 理子は直感で分かったようだ。

「うん」

 すぐそばを大型トラックが何台も通り、排塵とガシャガシャいう金属音を撒き散らし、周囲は埃っぽい空気に包まれた。

 しばらくして理子は口を開いた。

「もう事故はしないでね」

「うん」

 しかしこの事故がなければ、僕は理子とは会えなかったのだ。

 
< 109 / 156 >

この作品をシェア

pagetop