夏の日の終わりに
 休日を持て余した僕は、一日無為に過ごしていた。何もせずにいると、どうやらまたムクムクとスピード狂の血が騒いでしまったようだ。

 夕食を済ませた僕は、一人車に乗り込んだ。

 夜の街を抜け、郊外へと道を取る。その間、どうにもイラついた心が運転を荒くさせていた。

(何か変なことになってないだろうな?)

 イラつく原因はそこにある。

 理子が僕の知らないところで僕の知らない人間と遊んでいるという事実は、想像以上に不安を覚えさせた。

 その不安は苛立ちとなって現れる。


 郊外を走る車を、とある交差点で右折させた。そこはかつてバイクで走り回っていた峠道だ。

 突如沸騰する血液。武者震いをする左手がシフトレバーに伸びる。力を込められたつま先がアクセルを踏み抜いた。


 夜の時間帯は四輪車が多数走り回っているはずだ。

 まるで獲物を探すかのように峠道を駆け上がると、折り返し地点にたむろする車に向かって何度かアクセルを吹かして挑発した。

 常連かどうか、奴らは良く知っている。新参者の乱入に色めき立った車が、タイヤを鳴らしながら追撃を開始してきた。

(車では初めてでも……)

 誰よりもこの道を知りつくしている。最初から負ける気はなかった。


 常識外れのスピードでカーブに突っ込んで行くと、つい先ほどまでの苛立ちなど消し飛んでゆく。

 そう、頭が真っ白になる陶酔感。

 それを久しぶりに味わった僕は緊張と興奮で顔を緩ませた。

「ついて来いよお」

 独り言を並べながら次々とカーブをクリアしていくと、追跡者はあっけなく遠ざかる。バイクに比べるといかにもコントロールが楽な車は、意外なほど思うとおりに走ってくれた。

 それに自信を持った僕はさらに速そうな車を見つけては挑発し、追い掛け回した。それはかつての僕の本来の姿だ。
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