夏の日の終わりに
 このところ僕はあまり理子の家に足を運んでいない。

 あのことに拗ねているのかもしれない。しかしそれに加えて、週末に峠へ走りに行くことがやめられなかったのも事実だ。

 二人をどこにでも連れて行ってくれた魔法の絨毯は、いまやライバルを撃墜する戦闘機に変わり果ててしまっていた。

 もちろん気に掛けてはいる。しかしその想いが逆に暴走行為へと走らせているのかもしれない。


 そう、綺麗ごと抜きにすれば理子のことはあまりにも重かった。それを軽くしてくれる手段を僕は欲していた。



 そんなある日、僕への電話が入る。いつもの友人かと気軽に取った受話器だったが、それはおばちゃんからのものだった。

「脩君、理子がまた入院するの。遊びに連れていってくれないかな?」

「また? 今度は……」

「もう肺に転移しちゃったの。片方……取らなきゃいけなくて」

 現実からは逃れられない。何をしようと、どんなに気を逸らそうとしても容赦なく追ってくる。

 肺に転移したということは、もう最悪の事態すら頭に入れて置かなければならない。僕は失望と言うより、覚悟を決めた。

「明日、朝から迎えに行きます」

 最近足が遠のいたことを心配したのだろう。僕はおばちゃんに対しても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「忙しそうだから悪いとは思ったんだけど……」

「いや、こっちこそすいません」

 こんな弱々しいおばちゃんの声は初めて聞いた。その声には切なる想いが詰まっているような気がして、僕の良心が痛んだ。


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