夏の日の終わりに
翌日のことだ。一人の医師が病室を訪れた。
この日は母親も同席していて、その僕らに医師は「林です」と名乗った。
「今回の手術を執刀します。どうぞよろしく」
太いセルの黒縁メガネはやたらレンズが分厚く前時代の雰囲気。髪はべっとりと頭に張り付き、何日も洗ってないような印象を受ける。無精ひげは中途半端で、伸ばしてるというよりは、剃っていない、が正しいようだ。目は良く言えば切れ長だが、単に細いだけの典型的なブサイクな学者面といえる。
以前入院していた病院の話では、設備に加え、膝の手術に関しては日本有数の腕の良い教授がいるから、とのことだったはずだが、その医師のネームプレートには「講師」としか書かれていない。
少し腑に落ちない疑問は湧いたが、その疑問をよそに林医師は手術の説明を始めた。
身振り手振りを加えながら、矢継ぎ早に専門用語を並べ立て、まるで講義を開いているようだ。
横にいた母親は、その言葉ひとつひとつに相槌を打っていたが、分かっているとは思えない。なんせその内容は学会で発表でもしているかのようで、噛み砕いて説明することなど毛頭考えていないと思われる。
「……という概要です。分かりましたか?」
そう満足気な表情で言う林医師に対して、僕らは
「は、はあ……」
としか答えられなかった。
あれで概要なら「分かりません」と答えれば、何時間講義を聞かされるか分かったものじゃない。
僕の聞きたいことはひとつだけだ。
「歩けるようになりますか?」
その質問に、林医師は眉ひとつ動かさずに即答した。
「無理です」
再度突きつけられる宣告。僕は落胆することなく睨み返した。
この日は母親も同席していて、その僕らに医師は「林です」と名乗った。
「今回の手術を執刀します。どうぞよろしく」
太いセルの黒縁メガネはやたらレンズが分厚く前時代の雰囲気。髪はべっとりと頭に張り付き、何日も洗ってないような印象を受ける。無精ひげは中途半端で、伸ばしてるというよりは、剃っていない、が正しいようだ。目は良く言えば切れ長だが、単に細いだけの典型的なブサイクな学者面といえる。
以前入院していた病院の話では、設備に加え、膝の手術に関しては日本有数の腕の良い教授がいるから、とのことだったはずだが、その医師のネームプレートには「講師」としか書かれていない。
少し腑に落ちない疑問は湧いたが、その疑問をよそに林医師は手術の説明を始めた。
身振り手振りを加えながら、矢継ぎ早に専門用語を並べ立て、まるで講義を開いているようだ。
横にいた母親は、その言葉ひとつひとつに相槌を打っていたが、分かっているとは思えない。なんせその内容は学会で発表でもしているかのようで、噛み砕いて説明することなど毛頭考えていないと思われる。
「……という概要です。分かりましたか?」
そう満足気な表情で言う林医師に対して、僕らは
「は、はあ……」
としか答えられなかった。
あれで概要なら「分かりません」と答えれば、何時間講義を聞かされるか分かったものじゃない。
僕の聞きたいことはひとつだけだ。
「歩けるようになりますか?」
その質問に、林医師は眉ひとつ動かさずに即答した。
「無理です」
再度突きつけられる宣告。僕は落胆することなく睨み返した。