夏の日の終わりに
 梅雨の間のわずかな晴れ間に、僕は散歩に出かけていた。その後を珍しくペロが追いかけてくる。

 無責任だが、この犬は鎖に繋がれていない。年中無休24時間放し飼いだ。

 僕が帰ってくると必ず迎えに出てくる。しかし出掛ける時についてくることは滅多にない。ついて来る時は決まって僕に何かあった時だった。

「どうだ、結構歩けるようになったろう?」

 心配するなと言いたくて足を速めた。ペロはアスファルトで爪を鳴らしながら僕を追う。以前の軽快な足取りからみて幾分鈍いのは、老犬と言われるほどの年になったからだろう。

「大丈夫だって」

 愛犬が何を心配してるのか察しはついている。ものすごく賢い犬だ。だから僕は余計に強がって見せた。

 やがて疲れた足が悲鳴を上げたころ、公園のベンチに腰を下ろした。ペロは何も言わず、そばに座り僕を見上げる。

「……ホントはさ、どうしていいか分かんなくなっちゃったよ」

 そんな僕をペロは悲しい目で見つめ返し、そして咳をひとつした。

(そんな目で見るなよ)

 そう思ったが、この時の僕はきっと同じような目で愛犬を見つめていたのだろう。

 



 数日後、その理子からの電話は退院したという報せだった。

「大丈夫なのか?」

「うん、手術の傷はふさがったから……」

 僕はその電話に少しほっとした。回復の兆しが見えてきたのかもという期待に、胸のうちが少し軽くなったのだ。

「だから、来てくれる?」


 空には入道雲が立ち昇り、もうすぐ夏が来ることを告げている。僕は強い日差しに目を細めながら熱気のこもる車に乗り込み、イグニッションキーを捻った。

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