夏の日の終わりに
 ぶらりと下げた腕をノーアクションから抉るように振り上げる。死角から飛び込んでくる拳を避けられたことはなかった。

 そのまま顎に叩き込めば大抵の奴は腰にきて戦意を喪失する。あとは立ち上がる隙を与えずボコってやればいい事だ。

 その拳は寸分違わず相手の顎にヒットし、この瞬間勝利を確信した。

 しかし──

(なんだ?)

 いつもの拳に伝わるどっしりと重い感覚がまったくない。代わりに届いたのは「パチン」という軽い音だった。

(うっそ!)

 いきなり拳を入れられたことに相手は目を丸くしていたが、驚いたのはこっちのほうだ。下半身に体重を乗せられない拳がこれほど軽いとは思ってもみなかった。

 自分の目を疑っているその瞬間──

(やべ……)

 視界に飛び込んでくる拳を、僕は避けることが出来なかった。油断していたのは完全にこっちのほうだ。

 暗くなった視界に火花が飛び散る。左目に食らった僕はこらえること無く床に転がった。

 喧嘩に気づいた周囲がわっと広がった。無様なことこの上ない。

 立ち上がろうとするその時、今度は蹴りが飛んでくるのが目に入った。本能でそれを避けようと身を捩るが、それは完全に裏目に出た。

 繰り出された蹴りは足に突き刺さっていた。

「ぐあっ──!」

 その激痛は耐えられる許容範囲をはるかに超えていた。

 まさに悶絶。気が遠くなるほどの痛みは全身は震えさせ、指一本すら動かすことを許さない。呼吸すら出来ない状態だ。

 普段からほんの少しぶつけただけでも声を出せないほどの痛みを伴う脚は、僕をこれほどまでに脆く、弱くさせていた。


 僕は生まれて初めて、負けたことを悟った。
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