夏の日の終わりに
 何もかもから逃げ出したい。苦痛から、孤独から、屈辱から、そして悲しみから──


 そんな時、思ってもみなかった人から連絡が入った。美香さんだ。

「脩君、元気してる?」

「久しぶり、元気元気!」

「来週定期検診でそっちに行くんだけど、脩君、会える?」

「会える!」

 心がふわりと軽くなった。こんな気持ちは本当に久しぶりだ。

 会いたいという気持ちで胸が満たされた。僕の手はこのとき救いの手を探し求めていたのかも知れない。

 もちろん、美香さんへの想いがずっと胸で燻っていたのは言うまでもない。

「理子にも会いに行くけど、一緒に行くよね」

「そうだね……一緒に行こうか」



 週が明けると僕は空港のターミナルに居た。到着を知らせるアナウンスが次々と流れ、そのたびに到着便を報せるパネルが回転する。そしてようやく目的の便が掲示板に現れた。

 乗客を出迎える人々に混じり、前の人の頭と頭の間から次々と降りて来る人達を目で追う。

(いた!)

 女性の中にあっては一際背が高く、嫌でも目に付く。やがて懐かしい顔が僕を発見すると、笑って手を挙げた。

「出迎えサンキュー」

「お疲れ。大変だっただろ」

「ホント、羽田まで遠いからさあ」

 久しぶりに見る美香さんはやけに眩しく映る。人目につく顔立ちの美香さんを連れて歩くのを少し誇らしく、僕は上機嫌で車へと案内した。


 まず定期健診のために病院へ行くと、待ちあい時間はお互いの積もる話が山とあり、退屈なはずの時間はあっという間に過ぎた。

 以前から思っていたが、美香さんとは話が合う。

 呼吸や物事を捉える視点などが同じなのだ。そしてそれは僕と理子の間には無い感覚だった。もちろん理子と僕でしか共感できないものもたくさんある。

 その検診は思ったより早く、昼前に終わった。
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