夏の日の終わりに

あやまち

 海の近くにとあるレストランがある。理子の家をあとにすると、僕と美香さんはそこで食事を取っていた。

 永遠に続くかと思われるほど会話は弾み、いつの間にか随分と長い間過ごしていたようだ。しかし、美香さんはこのあと県外の実家に帰省することになっていた。

 残された時間はそれほど長いわけじゃない。僕は次第に時計を見る回数が増えてきた。

「何時だっけ、電車?」

 特急の時間を確認するのはこれで何度目だろうか。

「9時半が最終」

「じゃあ、そろそろ行かないと……」

 ここから駅まで30分ほどかかる。その道すがら、時間を惜しむように僕は喋り続けた。これほど喋ったのはいつぶりだろうか?

 理子に対してさえ、このところあまり言葉を交わしてはいない。


 ほどなく駅のロータリーに着くと、時間には5分ほど余裕がある。そこで僕はかつてより聞きたかった質問をした。

「ねえ、釘尾さんとデキてたの?」

「ええ? あたしと……釘尾君が?」

 どうやら見当違いの質問だったみたいだ。その表情だけで、僕が大きな勘違いをしていたことは明白だった。

 美香さんは吹きだして笑い、僕も笑いながら胸のわだかまりがすっと解けてゆくのを感じていた。

「そんなことあるわけないじゃん。何でそんなこと聞くの?」

「なんでって……」

 そう聞き返す美香さんは僕の心を悩ませた。ここで別れた僕らが再び会うことはあるのだろうか?

 その確率は限りなく低い。

 そう考えると、今この時間が僕には何ものにも代え難いほど大切なもののように思えてならなかった。

 そして口をついて出た言葉は──

「ねえ、今日こっちに泊まっていきなよ」

 本心がするりと舌を潜り抜けて出た言葉。言ってしまった僕でさえ、はっとした。

 当然断られるだろう。その時は「冗談だって」と軽くかわせば良い。憧れ続けた淡い恋心にケリをつけるのにはちょうど良いのかも知れない。

 しかし──

「いいよ」

 美香さんの口をついて出た言葉は、僕の予想を大きく裏切った。

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