夏の日の終わりに
 眼下に都市高速のランプが連なり、その向こう側には立ち並ぶビルのイルミネーションを臨める港の側の洒落たホテル。

 僕はシャワーを浴びながら今までの展開を整理していた。

 いまだにこの状況が信じられない。このバスルームを出ればそれは夢と消えて現実に戻ってしまうのではないだろうか?

 部屋に戻ると一転して灯りが落とされ、暗い空間が広がっている。

 しかし明かりが差し込むベランダに目をやると、そこには街の灯りをぼんやりと眺める美香さんの姿があった。

 そっと後ろに回った僕に、顔を向けないまま美香さんは口を開く。

「退院してからずっとね……」

 いったん言葉を区切った美香さんが振り向いた。

「脩君のことが好きだった」

 イルミネーションを背にした彼女はあまりにも幻想的で、そしてその言葉は僕の胸を打ち抜いた。

 沈んだ毎日の中に突然現れた夢のような出来事。しかしそれは美香さんにとっても同じだったのかも知れない。


 僕はその夜、美香さんを抱いた。抱いたあとで美香さんは涙を流した。

 彼女が3日前に彼氏と別れた事なんてこの時は知るよしもなく、僕はと言えば、全てのことから逃げたくて、その逃げ道として美香さんを利用しただけなのかもしれない。


 僕は罪を犯した。


「昨日あのまま帰ってたら、多分もう脩君に会う事はなかったと思う」

 次の日の早朝、車を降りる際にその言葉を残して美香さんは改札へと消えた。

(理子、ごめん)

 夢の続きは、罪悪感との闘い──
 
(分かってたのに……)

 重い気分を吹き飛ばすようにギアを入れるとアクセルを荒々しく踏みこむ。

 この罪がいつまで自分を、そして美香さんを苦しめるのか……そんな深い思慮がこの時の僕には欠けていた。
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