夏の日の終わりに
 罪の意識からとは思いたくない。その日の夕方、僕は理子の家へと足を運んだ。

 理子は既に、一人でトイレにも行けなくなっている。重苦しい空気を少しでも和らげようと、僕はくだらないが笑える話を必死で振りまいた。

 今日の理子の笑顔は出会った頃のような明るさで、時が戻ったような錯覚を覚える。そしてそれは、かえって僕の心にチクチクと針で刺すような痛みをもたらした。

 高校生活最後の夏休みが迫っていた。恐らく誰もが心待ちにしている事だろう。だが僕は時が流れるのを恐れた。

 日に日に命を削られているような理子を救いたい。時間というものをこの手に掴めるのならば、その流れを迷わず止めただろう。

 ふと目を枕元のローボードに移すと、見慣れないフォトスタンドが飾られてあるのが目に入った。

「あ、これあの時の写真!」

 僕は思わず手に取る。

「懐かしいでしょ。1番のお気に入りだもん」

 それはあの月の夜、森君に撮ってもらった写真だった。

 僕は今のように暗い顔ではなく、明るい未来しか考えていない能天気な表情を見せている。理子は僕に寄り添い、やりたい放題病院内を駆け回っていたやんちゃさが滲みでていた。

 そんなに遠い過去のことだっただろうか?

 僕はしばらくその写真に見入っていた。

 理子のアルバムには、おばちゃんと撮ったものや、病院時代の友達や看護婦、そして今の学校の友達と写った写真が多く貼られている。

 しかし、僕との写真はほとんど無い。そういえば、理子と写真を撮ったのはあの時しかないかも知れない。

 他に僕が写り込んだ写真もあるにはあるが、それすら2、3枚。まして二人で撮った写真など他にはなかった。

「脩君、この写真妙子さんから貰った?」

「うん、家にもあるよ」

「良かった」

「ん?」

「この写真、ずっと持ってたいから」

 その意味の真意が僕には分からなかった。


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