夏の日の終わりに
 僕はすぐには答えられなかった。この状況でそんな現実感がないことをさらりと言えるだろうか?

 それでも僕はこう答えなければならない。

「絶対行けるよ。連れて行ってあげるから」

 それを聞いた理子は満足気に笑った。きっと僕に気を遣ってくれているのだろう。



 廊下の電気が落とされ、消灯時間が訪れたことを告げる。

「な、約束だから。絶対連れて行くから大丈夫」

 別れ際は出来れば楽しい会話で終わらせたい。元気付けるようにそう言うと腰を上げた。

「ねえ……まだ居てくれる?」

「え、ああ」

 出て行こうとする僕を理子は引き止めた。

「カーテン閉めてくれるかなあ」

「うん」


 もともと個室だから外からはほとんど見えない。それでもベッドのカーテンを閉めることに戸惑いながら、薄いオレンジのカーテンを引いた。

 すると理子はさらに困惑するようなことを言った。

「服を脱がせて」

 その言葉の真意が僕には分からなくて、様々な憶測が頭を巡る。その中にはひどく俗的な考えも含まれていたことは否めない。

 自力で体を起こすことも困難になっている理子の半身を抱き起こすと、あまりの軽さに唖然とした。肩も骨ばっていて、以前の柔らかい線は見る影も無い。

「痩せたね」

 そう言いながら理子のパジャマを脱がせてゆく。しかしその肌が全てあらわになったとき、僕は絶句した。

 さっきまでの破廉恥な想像をしていた自分を恥じる余裕すらそこにはない。

 小さな体は縦横に走る大きな手術痕で切り刻まれていた。赤黒い線は胸や背中を切り裂くように何本も走り、もはや新たにメスを入れるスペースすら残ってないほどだ。


「傷だらけになっちゃった」


 悲しく笑う理子を眺めながら、僕はあまりの無残さに言葉を失っていた。


 あの日抱き合った理子はどこに行ってしまったのだろうか。あの日の笑顔はどこに行ってしまったのだろうか。

 どうしてこんなに変わり果ててしまったのだろうか?

(あのとき俺が!)


 どうして僕はあの時……
 
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