夏の日の終わりに
 後悔と罪悪感、そして愛しさと悲しみが交錯する中、僕はしばらく理子をじっと見つめているしかなかった。

「もう少し、居てもいいかな?」

 その問いに理子は安心したような笑顔を見せた。



 席を立つと部屋の電気を消す。

 窓から差し込む月明かりだけになった部屋で、輪郭だけを月の光に輝かせる理子が浮き上がった。

 月明かりの影に隠れた理子の顔に一筋の光が走る。

 ゆっくり近づいた僕はベッドに腰掛け、そして傷だらけの体を抱きしめた。もう、僕には抱きしめてやることしか出来ない。


 やがて耳元の理子の唇が動いた。


「愛してる……」


 肩にしずくが冷たく広がってゆくなか、僕はまた「俺も……」と答えていた。



 8月が終わりに近づいていた。9月になれば新学期が始まり、否応無くまた魂が抜けたような生活を迎えるのだろう。

 その最後の日、僕は朝から友人の電話に悩まされていた。

「なあ、いいじゃんよ。お前しか車持ってないんだしさ」

 電話の相手はかつての同級生で、いまは大学生活を謳歌しているご身分だ。まあ、仲はまずまず良かったほうだろう。

「最後の夏だろ、お前。パッと遊ぼうぜ」

 用件はプールに行こうと言う誘いだ。もちろん男二人で行くのだから目的はおのずと決まってくる。

 僕は彼女の話などは誰にも話すことがない。家族はもとより、友人だろうが全く話題には乗せなかった。だからコイツに今の僕の状況など分かるはずもなかった。

「だから用事があるって言ってるだろ」

「なんの用事だよ」

「そんなのお前に関係ないだろ」

「ほら見ろ、やっぱり無いんじゃねえか」

「お前な……」

 夏休み中しつこく誘いの電話はあったのだが、僕は全て断っていた。その誘える日は今日が最後だと相手も分かっているだけに、今日はやけにしつこく食い下がってくる。

「あ、もう友達とか思ってないんだろ」

「そんなわけじゃないって」

「マジで傷つくなー。俺はお前の友達って思ってるのに……」

 ついには泣き落とし作戦に出た。

「分かった。行くよ」

「マジで!」
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