夏の日の終わりに

生と死と

 荒々しくバイクを急患入り口に停めると、そのまま病棟へと急いだ。

 エレベーターがこんな時に限ってやけに遅く感じる。そして暗い廊下へ飛び出すと、明かりが漏れているドアを乱暴に開けた。

「理子!」

 そこには妙子さんや森君、学校の友人らが詰めかけてベッドを囲んでいた。そして、僕を見るなりおばちゃんが立ち上がる。

 随分と待っていたのだろう。表情を崩し、大きく息を吐きながら僕の名前を呼んだ。

「脩君……」

 そして両手を広げると、そのまま僕に抱きついた。

「おばちゃん、ごめん」

 僕にはその言葉しかない。しかしおばちゃんは小さく首を横に振ってそれを否定し、体を離すと促すように理子のほうへと顔を向けた。

 僕はゆっくりと歩み寄り、ベッドを覗きこむ。

 そこにはすでに数々のチューブによって命を永らえる理子の姿があった。人工呼吸器をつけられ、すでに意識のないその姿は、昨年の祖父の姿とオーバーラップしてしまう。

(もしかして……このまま)

 そんなことはあってはならない。僕は何もしていない。いや、何もしてあげられていない。このまま意識が戻らないなんてことがあっていいはずが無い。

 僕は握った拳に力を込めた。

(俺は、無力だ……)

 確かに無力だ。しかしここにいる誰もがそう思っていたはずだ。それは最新の医療技術をもってしても同じことだろう。



 どうして今日に限って友人の誘いを断らなかったのか、どうしてあんな女の子に色目を使っていたのか──



「夕方の4時くらいに呼吸困難になってね。チアノーゼ起こしちゃって……」

 おばちゃんのその説明がさらに僕を苦しめた。その頃僕はまだプールで遊び呆けていたはずだ。

(その時こそ、俺は居なくちゃいけないだろ!)

 人は自分をどのくらい憎めるだろうか?


 僕はこの時、世界で一番自分が憎かった。
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